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「アビリーンのパラドックス」を超えて

出身大学院の同窓会長をしている関係で、夏になると会報の巻頭言を書く。

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皆さんは「アビリーンのパラドックス」という言葉をご存じでしょうか?これは、社会心理学や経営学といった分野で知られる言葉ですが、ある集団が物事を決定する際に、集団の構成員らが本来望んでいることとは異なる(往々にして誤った)選択をしてしまうパラドックスのことを指します。このパラドックスを提唱した経営学者のハーヴェイは、次のような話をします(私の記憶に基づいた要約ですので多少の誤りがあるかもしれません)。

「ある暑い夏の日に、家族の一人が100kmほど離れたアビリーンという田舎町で昼食を食べることを提案した。反対する人は誰もおらず、暑い日差しの中、埃っぽい道路を走り、アビリーンのありきたりなレストランで美味しくもない昼食をとった。疲れて家に戻ったあと、実は、提案者も含め家族の誰一人としてアビリーンに行きたいと思っていなかったことが分かった・・・」

おそらく多くの人がこのような体験をしたことがあるはずです。自分はあまり乗り気ではないけど、「きっとほかの人もアビリーンに行きたいのだろう」という思い込みで、結果的には集団の誰もが望んでいない選択をしてしまう。実は、提案者そのものもアビリーンに行きたいと思っていたわけではなく、思いつきで言っただけなのに、誰も反対しなかったから、それが現実となってしまった・・・

この話は日常の些細な出来事に過ぎませんが、重要な示唆を与えてくれます。それは、有体に言えば、コミュニケーションの重要性、意思表示の重要性です。「相手も分かってくれているだろう」とか「きっと他の人は自分よりも詳しいのだろう」、「こんなこと考えているのは自分だけだろうから、言うのはやめておこう」といった思い込みが、集団の誤った決定を後押ししてしまうことがあります。有名なところでは、ヘンリー・フォンダ主演の映画「12人の怒れる男」(米1957年)で、陪審員たちが深く考えることもせずに、固定観念だけで、ある少年を有罪にしてしまいそうになるという話もあります。

さて、一般的には、ここで、「コミュニケーションは大事だね」というお決まりの終わり方になるところですが、初めてこの話を聞いた時、私は、実はこんなふうに思いました。

「あるある話」としては面白いけど、アビリーンの何がいけないんだろう。どこに行くかで喧嘩になったわけでもないし、暑い日に何もせずに家でダラダラしていたわけでもない。少し遠くに昼ごはんを食べに行ったけど、大して面白くなかった。ああ、やっぱり行かなければよかった、という一日があったってまったく問題ない。むしろ、数年後に思い出して、「あの日は、行きたくもないアビリーンって街に行ったよね。本当に暑かったよね・・・」と家族で笑いあえたらそれでいいじゃない。

私はそんな風に思うのですが、みなさんはいかがでしょうか。もちろん、ハーヴェイは、コミュニケーションの重要性を伝えるために卑近な例を挙げたまでなので、そこまで反発する必要はないのですが、アビリーンのパラドックスがいわんとしていることは、このように自分の意見を率直に言ってみれば、新しい発見があるかもしれないし、集団として、より合理的な意思決定ができるかもしれませんよ、ということだと思います。

そういうわけで、皆様も、同窓会に対するご意見があれば、ぜひ積極的にご発言ください。同窓会は有志がボランティアで運営していますので、必然的にやれることには限りがありますが、私たちがアビリーンに行ってしまわないよう、これからも叱咤激励をいただければ幸いです。
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とかく意思表明ばかりしていても一言居士といった感じがするし、コミュニケーションというのは難しいと思う今日この頃。
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プロフィール

toshi tanaka

Author:toshi tanaka
鹿児島県出身、
柏キャンパスで研究中。
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鹿児島、沖縄、シドニー、奄美

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車輪の下
(ヘルマン・ヘッセ)

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